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日本人の膵臓機能は他の民族に比べて低い

1万年以上前から動物性食品に慣れ親しんできたヨーロッパ人は、中世の時代にはすでに1日270グラムもの肉とおよそ60グラムもの脂肪を摂取していました。この動物性タンパク質、動物性脂肪は、少量で莫大なエネルギーを持ち、人間の生存にはこのうえなく有利な食品です。

そしてこの脂肪の多い食品によって、ヨーロッパ人の膵臓は大量のインスリンが出るように進化しました。脂肪は、糖を細胞に取り込むインスリンの働きを阻害して、糖が細胞に入りにくい状態、すなわちインスリンの感受性の低下を引き起こします。すると、膵臓はさらに大量のインスリンを分泌し、糖を細胞に取り込ませようと盛んに働きます。

乳や肉など脂肪の多い食物をとるには、膵臓を発達させ、大量の脂肪に負けないだけの大量のインスリンを出す必要があったのです。加えて冷蔵技術などが発達していない時代は、乳や肉を残すことはできません。それらを全部、エネルギーとして体にため込むためにも、大量のインスリンが必要でした。

つまり、現代のヨーロッパ人は、数千年の脂肪との闘いの中で生き残ってきた、糖尿病に強い子孫なのです。一方、日本人の祖先が食べていたのは、おもにイモや木の実や雑穀などの植物性の食物です。エネルギー源である穀類は、糖がたくさん集まった多糖類で、消化・吸収に時間がかかります。

ゆっくり吸収されると、インスリンもゆっくり分泌されます。脂肪を多く摂取しているヨーロッパの人々のように、急激なインスリン分泌を必要としませんでした。また、脂肪の摂取はきわめて少なかったと推察できます。

縄文時代で1日あたり10~14グラム、平安時代(約1000年前)で11グラム、江戸時代末期(150年前) でも19グラム程度だったと分析しています。

日本人はごく直近まで、何千年にもわたって脂肪を多くとる食生活を送ってこなかったので、ヨーロッパの人たちのようには膵臓が発達しませんでした。加えて、穀類はきちんと保存すれば腐ることはなく、収穫したものを少量ずつ計画的に食べることができます。

ヨーロッパ人のように、一度に大量の食物をまとめ食いして、インスリンを大量に出す素地はなかったのです。日本人は、インスリンの分泌という観点からいうと、倹約型の進化をたどってきた民族なのです。日本人と欧米人を比べると、日本人のインスリンの分泌能力は欧米人の50~70% 程度しかないことも明かになっています。そのインスリン分泌の脆弱な日本人も、長く欧米の食生活にさらされると、インスリン分泌能力が上がることがわかってきました。

進化の過程から見えてくる日本人の体質

こちらのようにやせたまま糖尿病になる。これはいったい、どういうことでしょうか。それを説明するには、長い歴史をさかのぼらなければ理解できないでしょう。

日本人と欧米人を比べたとき、同じ人類でありながらけっこうな違いがあることはわかると思います。約20万年前にアフリカで誕生した人類は、約4 万年前に中央アジアを起点に、長い旅を始めました。

アフリカから中央アジアに出て、北上した着たち。そこからヨーロッパに向かった者たち。あるいは、シベリア方面へと枝分かれしていった着たち。北に向かった人たちは、現代のヨーロッパ人です。まだ氷河が溶けていなかったために中央アジアで1万年ほど足止めをくらい、最近の1 万~2 万年くらいの間に北上したようです。彼らの肌の色が白いことからも、ヨーロッパの地は日照時間が短く、土壌がやせていて、農耕には不向きであったと想像できます。

彼らは早い時期から牧畜を覚え、乳や肉を中心とした動物性食品をとって生活していたと思われます。一方、東へ東へと向かった人たちの中に、私たち日本人の祖先がいます。彼らはインドから中国を経て、やがて日本にたどり着きます。

最初のうちは荒れ果てた原野で強い動物の食べ残しをあさったり、虫や月や木の実を食べたりしながら、飢餓を乗り越えてきました。そして7000年ぐらい前(縄文時代)から農耕を覚え、ある程度計画的に一年を過ごす食生活を身につけました。

作物の取れない時期は、蓄えた作物を少しずつ食べて餓えをしのいだのです。北上して牧畜を覚えたヨーロッパ人と、温暖な東方に移動して農耕を覚えた日本人。この食環境が、両者に大きな進化の違いをもたらしました。1つは糖尿病の成り立ちの違い、そしてもう1つは脂肪を蓄える能力の違い。日本人にやせた糖尿病患者が多い理由も、そこから透けて見えてきます。

糖尿病は肥満体質の人の病気か?

糖尿病は、どんな人がなるのでしょうか。みなさんは、太っている人が糖尿病になると思っていないでしょうか。多くの人が「糖尿病は太っている人の病気」と思い込んでいました。国が特定健康診査(内臓脂肪を減らすことによって生活習慣病を予防するとともに、医療費の削減を目的とする保健事業で、公的医療保険に加入している40~74歳までが対象)を2008年にスタートさせたのも、「太っていない人がどんどん太って糖尿病になる」という理由からだと思っていました。

しかし本当に、糖尿病は太っている人の病気でしょうか。ここに興味深いデータがあります。ある医師の地区の健診受診者のデータです。これに限って言えば、世間の空気とは裏腹に、太っていない、いやむしろ明らかにやせている糖尿病患者が目立ちます。
ある医師は、自分が診ている糖尿病の患者さんは80人中、肥満度指数(BMI)が25を超える人は3人しかいないのです。もっとも、その医師で診ている患者さんは、高齢者が多い地域ですし、しかもその多くが高齢の女性ですから、かたよ偏りがあるかもしれません。

では、全国規模で見たらどうでしょうか。日本国内にも、糖尿病を追跡調査した多くの研究があります。おもだったものを調べると、意外なことに日本人の糖尿病患者のBMIは、22.5~23くらいにピークが集中しているのです。

ところで、BMIとは何でしょう。BMIは、肥満度を計る体格指数のことです。体重を身長で2回割った数値で表しますが、これが18.5~25未満なら「標準体重」、それ以下なら「やせ(低体重)」、それ以上だったら「肥満」ということになります。

この肥満度指数で見た日本人の糖尿病患者の中心は、22.5~23.0。驚くべきことに、少しも太っていません。むしろ、ほぼ標準体重です。

糖尿病は太っている人の病気か。この答えは、「ノー」です。日本の糖尿病患者の7~8割は太っていない人なのです。みなさんもお知り合いの糖尿病の人を思い浮かべてください。その人は太っていますか? もし太っているなら、40~60歳までの、比較的若い人でしょう。

70歳を超えた人で太っている糖尿病患者は、むしろ少ないというのが私の率直な感想です。太っているから糖尿病になるとは限りません。むしろ、日本人はやせたまま糖尿病になる。そういう運命を背負っているのです。

医師が糖尿病になった闘病記はこちら。