糖質制限食とカロリー制限食

このような事態を改善するためには、毎日の食生活を改めなくてはなりません。高糖質・低脂質のカロリー制限食より、高脂質・低糖質の糖質制限食のはうが、肥満の改善効果が高いことは欧米の疫学研究でも証明されています。

糖質制限食は摂取する糖質が少ないわけですから、血糖値が上がらず、インスリンが基礎分泌以外ははとんど出なくなります。

糖質を摂るとインスリンの追加分泌が10~30倍も出るのに対して、脂質を摂っても追加分泌は出ません。タンパク質はごく少量だけ追加分泌が出ます。

インスリンは肥満ホルモンとも呼ばれますが、追加分泌がはとんど出なくなれば、体脂肪が蓄えられにくくなります。

また糖質制限食では、2つのエネルギー源のうち、日常生活時の主なエネルギー源である「脂肪酸…ケトン体システム」を上手に使うようになるため、体脂肪が燃えやすくなります。

スーパー糖質制限食を実践すると、1日24時間、例えばビーフステーキを食ベている最中にも脂肪が燃え続けます。糖質を摂らないと、もう1 つのエネルギー源であるブドウ糖が不足すると思われるかもしれません。

しかし糖質は外部から摂らなくても大丈夫なのです。血糖が足りなくなる前に、肝臓内ではアミノ酸などからブドウ糖が新しくつくられます(糖新生)。

したがって、高血糖は改善されますが、低血糖になる心配はありません。このように一方では脂肪が燃え続け、他方では糖新生の過程でもかなりのエネルギーを消費するため、3食とも主食(糖質) を食べている人の代謝リズムとはまったく異なったものになります。

さらに糖質制限食は高タンパク食となるので、摂食時の特異動的作用(SDA)が通常食に比べて増加します。

食事をすると、体内に取り込まれた栄養素は細かく分解され、その一部は体熱となって消費されます。これがSDAと呼ばれるものです。その際どれくらいのエネルギーが消費されるかは、摂取する栄養素によって異なります。糖質では6% 、脂質では4% ですが、タンパク質は30% が熱となって失われるのです。

したがって糖質制限食は、このとき消費されるエネルギーが通常食より多いわけです。それらに加えて、脂肪からつくられたケトン体が必要以上に増えると、そのケトン体はエネルギーを持ったまま尿中や呼気中に排泄されます。ただ、

この分は糖新生に使うエネルギーに比べて少量です。話をまとめると、糖質制限食には体重減少への5 つの利点があります。

  1. インスリン(肥満ホルモン) が基礎分泌以外ほとんど出ない。
  2. 常に体脂肪が燃えているので、余分な脂肪がたまりにくい。
  3. 肝臓で糖新生が行われ、それにかなりのエネルギーを消費する。
  4. 高タンパク食となるため特異動的作用(SDA)が増加する。
  5. ケトン体が尿中や呼気中に排泄される。

一方、カロリー制限食は、糖質を摂るたびに血糖値が急上昇し、肥満ホルモンのインスリンが大量に追加分泌されます。インスリンにより体脂肪は燃えるはうから蓄えるほうに流れが切り替わり、体内にたまりやすくなります。

また、肝臓の糖新生はストップし、尿中や呼気中からケトン体は排泄されなくなります。まとめると、高糖質のカロリー制限食では次のような事態が起こります。

  1. 血糖値が上昇してインスリン( 肥満ホルモン) がたっぷり分泌される。
  2. 体脂肪は燃えなくなり、血糖が中性脂肪に変わり蓄積される。
  3. 肝臓の糖新生はストップする。
  4. 高タンパク食によって増加した特異動的作用(SDA)がなくなる。
  5. ケトン体は尿中や呼気中に排泄されなくなる。

両者を比べてみれば、カロリー制限食より糖質制限食のほうが体重減少効果が高いことが一目でわかると思います。

たとえ低脂質食でカロリー制限していても、糖質を摂れば体重減少への利点がすべて消えてしまうわけです。これは食べ物に含まれるカロリーとは無関係の生理学的な特質であり、あくまで糖質を摂るかどうかがカギとなります。

ブドウ糖はもともと貴重なエネルギー源

さて、細胞がブドウ糖を取り込むためには、「糖輸送体」という特別なタンパク質が必要です。英語の頭文字からGLUT (グルット)と呼ばれ、現時点でグルットl〜グルット14まで確認されています。

このうち赤血球・脳・網膜の糖輸送体はグルット1で、脳細胞や赤血球の表面にあるため、血流さえあればいつでも血液中からブドウ糖を取り込めます。

それで赤血球や脳や網膜は、安静時にもブドウ糖を取り込めるわけです。これに対して筋肉細胞と脂肪細胞に特化した糖輸送体がグルット4 で、ふだんは細胞の内部に沈んでいるので、血流があってもほとんどブドウ糖を取り込めません。しかし激しい筋肉の収縮があると、細胞内に沈んでいたグルット4が細胞表面に移動してきて、血流からブドウ糖を取り込めるようになるのです。

歩行程度の軽い運動でも20〜30分間続けるとグルット4が細胞表面に移動してブドウ糖を取り込みます。そして糖質を食べて血糖値が上昇してインスリンが追加分泌されたときも、グルット4 が細胞表面に移動してブドウ糖を取り込みます。

グルット4がなぜこうした特殊な役割を担っているかといえば、人類が主に摂取していたのは脂質・タンパク質であり、糖質はたまにしか摂らない貴重なものだったからと考えられます。

グルットは進化の過程で突然変異をくり返しながら、ブドウ糖という貴重なエネルギー源を使う優先順位を確立していったのでしょう。

このように、体内に蓄えられているエネルギーを考慮すれば、人類は日常的には脂肪を燃やして生活し、いざ激しい動きをするときなどに、非常用としてブドウ糖を利用していたことがわかります。

人間は「ブドウ糖…グリコーゲン」と「脂肪酸…ケトン体」たくのシステムを巧みに使い分けて、700万年間生きてきたのです。

メインに脂肪を使って生きるのが人間本来のシステム

肥満や糖尿病、動脈硬化などの生活習慣病の原因となるのは、脂質ではなく糖質だということがわかります。

実際、糖質制限食では糖質を減らす分、相対的に高脂質・高タンパクの食事になりますが、太るどころか、むしろ健康的にやせていきます。

その一番の理由は、代謝がよくなるからです。人間は生きていくために体外から食物などを取り込み、それを細胞や組織内の化学反応によってさまざまな物質に分解・合成し、必要なエネルギーに変えています。

この代謝がよいということは、栄養素を燃やしてエネルギーにする機能が活発に働いているということなのです。では、なぜ糖質をおさえると代謝がよくなるのでしょうか。

簡単にいえば、体内に取り込んだ脂肪をエネルギー源として上手に利用できるようになるからです。そのことを説明するために、人体のエネルギーシステムについて見てみましょう。

人間が生きていくためにはエネルギーが必要不可欠ですが、そのエネルギー源として次の2つがあります。

  1. 脂肪酸…ケトン体システム
  2. ブドウ糖…グリコーゲンシステム

このうち主なエネルギー源は、日頃なじみ深い「ブドウ糖…グリコーゲンシステム」と考えがちですが、違うのです。実は日常生活の主なエネルギー源となっているのは「脂肪酸…ケトン体システム」のほうなのです。

ケトン体というのは、脂肪酸の代謝によってつくられる物質です。分解されて小さくなっているため、血液と脳の間にある関所「血液脳関門」を通過することができ、脳でいくらでも利用されます。

脂肪酸の大きさだと血液脳関門を通過できないのですが、ケトン体なら通過できます。「脳はブドウ糖しか利用できない」と言われますが、実際にはブドウ糖とケトン体の2 つをエネルギー源として使っているのです。

グリコーゲンとは、肝臓と筋肉に蓄えられているブドウ糖の集合体です。体内に取り込まれた脂肪酸やブドウ糖は、中性脂肪やグリコーゲンという形に合成されて、いつでもエネルギーとして使えるようにストックされます。

しかし、その備蓄量はまるで違います。例えば体重50kg・体脂肪率20% の普通の人で、体脂肪は10kgで9万キロカロリー、グリコーゲンは250 gで1000キロカロリーです。脂肪のほうがはるかに多く蓄えられていることがわかります。

人類は進化の過程で、日常的には脂肪を燃やして生活し、いざ激しい動きをするときに非常用としてグリコーゲンを利用していたのです。人間の体を自動車に例えるなら、ガソリンにあたるのが脂質で、糖質は緊急事態のターボエンジン的な役割を果たしていたと考えられます。

「脂肪酸…ケトン体システム」の本質は、たっぷりあるがゆっくりの、日常生活時の主なエネルギー源です。10kgの体脂肪があれば、仮に毎日1600キロカロリーを消費したとしても、水だけで2ヶ月近く生きられます。

生理学的にみても、安静時や軽い運動時には、心筋・骨格筋は脂肪酸やケトン体を主なエネルギー源としていて、激しい運動時や血糖が上昇してインスリンが追加分泌されたときのみ、ブドウ糖をエネルギー源としています。

赤血球を除くすべての細胞はミトコンドリアを持っているので、脂肪酸→ケトン体システムを利用できます。

ミトコンドリアは細胞内にあるエネルギー生産装置で、肝臓や心臓などの臓器では1 つの細胞のなかに2000~3000 個あります。一方、「ブドウ糖… グリコーゲンシステム」の本質は、手っ取り早いけれど少量しかないエネルギー源で、緊急事態のエネルギー源でもあります。

体内に蓄えられている250g程度のグリコーゲンは、本気で運動したら1 〜2時間で切れてしまいます。

人体で唯一赤血球だけはミトコンドリアがないので、ブドウ糖しか利用できません。うまく日常生活でブドウ糖を主なエネルギー源として利用しているのは、赤血球・脳・網膜など特殊な細胞だけなのです。

すなわちブドウ糖…グリコーゲンシステムは、「常に赤血球の唯一のエネルギー源」「筋肉が収縮したときのエネルギー源→ 逃走・闘争など緊急事態に」「食事で血糖値が上昇しインスリンが追加分泌されたときだけ、筋肉・脂肪細胞のエネルギー源」「日常生活では脳・網膜・生殖腺胚上皮など特殊細胞の主なエネルギー源」ということです。

グリコーゲンが少量しか蓄えられないことを考えれば、心臓の筋肉の主なエネルギー源が「脂肪酸… ケトン体システム」なのは納得がいきます。

もし、ブドウ糖を中心に心臓が動いていたら、夜中寝ているときにエネルギーが切れて止まりかねません。少しややこしいかもしれませんが重要な点です。

  1. 赤血球はブドウ糖が唯一のエネルギー源。
  2. はブドウ糖とケトン体がエネルギー源。
  3. 赤血球と脳以外のすべての細胞は、ブドウ糖・ケトン体・脂肪酸がエネルギー源。
  4. 肝細胞はミトコンドリア内でケトン体を生成するが、自分は利用せず他に供給する。

赤血球はミトコンドリアを持っていないことと、血液脳関門の存在がキーワードです。