ケトン体が体に悪いというのは間違い

人体のエネルギー源のところで「脂肪酸…ケトン体システム」について紹介しましたが、ケトン体と聞くと糖尿人は過敏になるかもしれません。

血液中のケトン体濃度の上昇が、糖尿病の悪化を示すサインとして知られているからです。しかし、ケトン体はエネルギー源としてはブドウ糖よりはるかに安全で、しかも赤血球と肝臓を除くすべての細胞でいくらでも自由に使えるという大きな利点があります。

ケトン体は肝臓内で「脂肪酸→ β 酸化→アセチルCOAl→ケトン体」という順番で日常的につくられていて、肝臓では使われずに、他の臓器・脳・筋肉のエネルギー源として使われています。

糖質を普通に摂っている人の場合、血中ケトン体の基準値はおおよそ26〜1 2 2 μML ( マイクロモル リットル) くらいです。

つまり、日常的に糖質を摂っている人でも、これくらいのケトン体は常に肝臓でつくられていて、人体のエネルギー源となっているのです。ケトン体がどれくらい安全かは、もう1 つのエネルギー源であるブドウ糖と比べるとわかりやすいでしょう。絶食療法中やスーパー糖質制限食を始めた初期には、血中ケトン体は3000~4000/μML くらいで、基準値の30〜40倍もの高値になります。しかし、インスリン作用が保たれている限り、それ自体は生理的な現象でまったく安全です。

一時的に酸性血症になることもありますが、人体の緩衝作用によって、しばらくすると正常な状態に戻ります。

例えば農耕開始前の人類では、獲物が捕れないときなどに日常的にこのような数値をくり返していたはずで、当然、血管を傷つけるようなこともありません。

一方、血中ブドウ糖の基準値は、空腹時で60~109mg/dlです。食後などで血糖値が18 0を超えてくると、リアルタイムで血管内皮を傷つけ、酸化ストレスを引き起こし、それをくり返せば動脈硬化の大きなリスクとなります。血糖値が高いと、胎児にも悪影響があることが確認されています。

血糖値3 0 0 咽でも充分危ないのですが、これが前述のケトン体のように基準値の30倍ともなれば想像を超えた数値であり、当然生命を保てないでしょう。そのため、インスリンが速やかに追加分泌されて、食後血糖値が140~180mg/dlを超えないようにきびしく管理しているわけです。

このように検討してみると、ケトン体はブドウ糖よりもはるかに安全なエネルギー源と言うことができます。なお、母乳を与えられている乳児のケトン体も、成人の基準値より高くなります。

スーパー糖質制限食を実践していると、ケトン体は通常の基準値よりは高くなります。ある程度の期間、スーパー糖質制限食を続けている方の血中ケトン体は一般的な基準値より高いです。

しかし動脈血のP Hは7.45で正常で、尿中ケトン体も陰性です。血中ケトン体がこのレベルなら、筋肉などの体細胞がしっかり利用し、腎臓の再吸収も高まるためと考えられます。

このくらいの濃度が、狩猟・採集を生業としていた700万年間の人類の基準値、そして生肉・生魚が主食の伝統的な食生活を維持していた頃のイヌイットの基準値と思われます。

そして、農耕前の人類もイヌイットも、スーパー糖質制限食を実践しながら妊娠・出産・育児をしてきたという事実も、ケトン体の安全性を裏づけるものです。

同じカロリーなら糖質制限食のはうがやせやすい

もっとも簡単にいえば、食べ物などから摂取するエネルギーが消費エネルギーを上回れば太り、下回ればやせます。

通常のカロリー制限食なら、「消費エネルギー= 基礎代謝+ 運動エネルギー+ 特異動的作用」です。

基礎代謝とは、生きていくために最低限必要となるエネルギーで、これが高いはど太りにくいといえます。特異動的作用は先ほど述べたように、食事を摂ることによって消費されるエネルギーです。

食事をすると体が温かくなりますが、そのとき消費されるエネルギーが特異動的作用です。これが糖質制限食の場合は、「消費エネルギー= 基礎代謝+ 運動エネルギー+ 特異動的作用」だけでなく、「肝臓の糖新生でエネルギーを使用」と「特異動的作用の増加」、それに「尿中と呼気中でエネルギーを消失」が追加されます。

常に脂肪が燃えていることと、インスリンが基礎分泌以外はほとんど出ないことも、基礎代謝を高めるのに貢献するかもしれません。このように、少なくとも摂取カロリーが同じならば、糖質制限食のはうがカロリー制限食より体重減少効果が高いことは、理論的に証明できたと思います。

糖質制限食とカロリー制限食

このような事態を改善するためには、毎日の食生活を改めなくてはなりません。高糖質・低脂質のカロリー制限食より、高脂質・低糖質の糖質制限食のはうが、肥満の改善効果が高いことは欧米の疫学研究でも証明されています。

糖質制限食は摂取する糖質が少ないわけですから、血糖値が上がらず、インスリンが基礎分泌以外ははとんど出なくなります。

糖質を摂るとインスリンの追加分泌が10~30倍も出るのに対して、脂質を摂っても追加分泌は出ません。タンパク質はごく少量だけ追加分泌が出ます。

インスリンは肥満ホルモンとも呼ばれますが、追加分泌がはとんど出なくなれば、体脂肪が蓄えられにくくなります。

また糖質制限食では、2つのエネルギー源のうち、日常生活時の主なエネルギー源である「脂肪酸…ケトン体システム」を上手に使うようになるため、体脂肪が燃えやすくなります。

スーパー糖質制限食を実践すると、1日24時間、例えばビーフステーキを食ベている最中にも脂肪が燃え続けます。糖質を摂らないと、もう1 つのエネルギー源であるブドウ糖が不足すると思われるかもしれません。

しかし糖質は外部から摂らなくても大丈夫なのです。血糖が足りなくなる前に、肝臓内ではアミノ酸などからブドウ糖が新しくつくられます(糖新生)。

したがって、高血糖は改善されますが、低血糖になる心配はありません。このように一方では脂肪が燃え続け、他方では糖新生の過程でもかなりのエネルギーを消費するため、3食とも主食(糖質) を食べている人の代謝リズムとはまったく異なったものになります。

さらに糖質制限食は高タンパク食となるので、摂食時の特異動的作用(SDA)が通常食に比べて増加します。

食事をすると、体内に取り込まれた栄養素は細かく分解され、その一部は体熱となって消費されます。これがSDAと呼ばれるものです。その際どれくらいのエネルギーが消費されるかは、摂取する栄養素によって異なります。糖質では6% 、脂質では4% ですが、タンパク質は30% が熱となって失われるのです。

したがって糖質制限食は、このとき消費されるエネルギーが通常食より多いわけです。それらに加えて、脂肪からつくられたケトン体が必要以上に増えると、そのケトン体はエネルギーを持ったまま尿中や呼気中に排泄されます。ただ、

この分は糖新生に使うエネルギーに比べて少量です。話をまとめると、糖質制限食には体重減少への5 つの利点があります。

  1. インスリン(肥満ホルモン) が基礎分泌以外ほとんど出ない。
  2. 常に体脂肪が燃えているので、余分な脂肪がたまりにくい。
  3. 肝臓で糖新生が行われ、それにかなりのエネルギーを消費する。
  4. 高タンパク食となるため特異動的作用(SDA)が増加する。
  5. ケトン体が尿中や呼気中に排泄される。

一方、カロリー制限食は、糖質を摂るたびに血糖値が急上昇し、肥満ホルモンのインスリンが大量に追加分泌されます。インスリンにより体脂肪は燃えるはうから蓄えるほうに流れが切り替わり、体内にたまりやすくなります。

また、肝臓の糖新生はストップし、尿中や呼気中からケトン体は排泄されなくなります。まとめると、高糖質のカロリー制限食では次のような事態が起こります。

  1. 血糖値が上昇してインスリン( 肥満ホルモン) がたっぷり分泌される。
  2. 体脂肪は燃えなくなり、血糖が中性脂肪に変わり蓄積される。
  3. 肝臓の糖新生はストップする。
  4. 高タンパク食によって増加した特異動的作用(SDA)がなくなる。
  5. ケトン体は尿中や呼気中に排泄されなくなる。

両者を比べてみれば、カロリー制限食より糖質制限食のほうが体重減少効果が高いことが一目でわかると思います。

たとえ低脂質食でカロリー制限していても、糖質を摂れば体重減少への利点がすべて消えてしまうわけです。これは食べ物に含まれるカロリーとは無関係の生理学的な特質であり、あくまで糖質を摂るかどうかがカギとなります。