メインに脂肪を使って生きるのが人間本来のシステム

肥満や糖尿病、動脈硬化などの生活習慣病の原因となるのは、脂質ではなく糖質だということがわかります。

実際、糖質制限食では糖質を減らす分、相対的に高脂質・高タンパクの食事になりますが、太るどころか、むしろ健康的にやせていきます。

その一番の理由は、代謝がよくなるからです。人間は生きていくために体外から食物などを取り込み、それを細胞や組織内の化学反応によってさまざまな物質に分解・合成し、必要なエネルギーに変えています。

この代謝がよいということは、栄養素を燃やしてエネルギーにする機能が活発に働いているということなのです。では、なぜ糖質をおさえると代謝がよくなるのでしょうか。

簡単にいえば、体内に取り込んだ脂肪をエネルギー源として上手に利用できるようになるからです。そのことを説明するために、人体のエネルギーシステムについて見てみましょう。

人間が生きていくためにはエネルギーが必要不可欠ですが、そのエネルギー源として次の2つがあります。

  1. 脂肪酸…ケトン体システム
  2. ブドウ糖…グリコーゲンシステム

このうち主なエネルギー源は、日頃なじみ深い「ブドウ糖…グリコーゲンシステム」と考えがちですが、違うのです。実は日常生活の主なエネルギー源となっているのは「脂肪酸…ケトン体システム」のほうなのです。

ケトン体というのは、脂肪酸の代謝によってつくられる物質です。分解されて小さくなっているため、血液と脳の間にある関所「血液脳関門」を通過することができ、脳でいくらでも利用されます。

脂肪酸の大きさだと血液脳関門を通過できないのですが、ケトン体なら通過できます。「脳はブドウ糖しか利用できない」と言われますが、実際にはブドウ糖とケトン体の2 つをエネルギー源として使っているのです。

グリコーゲンとは、肝臓と筋肉に蓄えられているブドウ糖の集合体です。体内に取り込まれた脂肪酸やブドウ糖は、中性脂肪やグリコーゲンという形に合成されて、いつでもエネルギーとして使えるようにストックされます。

しかし、その備蓄量はまるで違います。例えば体重50kg・体脂肪率20% の普通の人で、体脂肪は10kgで9万キロカロリー、グリコーゲンは250 gで1000キロカロリーです。脂肪のほうがはるかに多く蓄えられていることがわかります。

人類は進化の過程で、日常的には脂肪を燃やして生活し、いざ激しい動きをするときに非常用としてグリコーゲンを利用していたのです。人間の体を自動車に例えるなら、ガソリンにあたるのが脂質で、糖質は緊急事態のターボエンジン的な役割を果たしていたと考えられます。

「脂肪酸…ケトン体システム」の本質は、たっぷりあるがゆっくりの、日常生活時の主なエネルギー源です。10kgの体脂肪があれば、仮に毎日1600キロカロリーを消費したとしても、水だけで2ヶ月近く生きられます。

生理学的にみても、安静時や軽い運動時には、心筋・骨格筋は脂肪酸やケトン体を主なエネルギー源としていて、激しい運動時や血糖が上昇してインスリンが追加分泌されたときのみ、ブドウ糖をエネルギー源としています。

赤血球を除くすべての細胞はミトコンドリアを持っているので、脂肪酸→ケトン体システムを利用できます。

ミトコンドリアは細胞内にあるエネルギー生産装置で、肝臓や心臓などの臓器では1 つの細胞のなかに2000~3000 個あります。一方、「ブドウ糖… グリコーゲンシステム」の本質は、手っ取り早いけれど少量しかないエネルギー源で、緊急事態のエネルギー源でもあります。

体内に蓄えられている250g程度のグリコーゲンは、本気で運動したら1 〜2時間で切れてしまいます。

人体で唯一赤血球だけはミトコンドリアがないので、ブドウ糖しか利用できません。うまく日常生活でブドウ糖を主なエネルギー源として利用しているのは、赤血球・脳・網膜など特殊な細胞だけなのです。

すなわちブドウ糖…グリコーゲンシステムは、「常に赤血球の唯一のエネルギー源」「筋肉が収縮したときのエネルギー源→ 逃走・闘争など緊急事態に」「食事で血糖値が上昇しインスリンが追加分泌されたときだけ、筋肉・脂肪細胞のエネルギー源」「日常生活では脳・網膜・生殖腺胚上皮など特殊細胞の主なエネルギー源」ということです。

グリコーゲンが少量しか蓄えられないことを考えれば、心臓の筋肉の主なエネルギー源が「脂肪酸… ケトン体システム」なのは納得がいきます。

もし、ブドウ糖を中心に心臓が動いていたら、夜中寝ているときにエネルギーが切れて止まりかねません。少しややこしいかもしれませんが重要な点です。

  1. 赤血球はブドウ糖が唯一のエネルギー源。
  2. はブドウ糖とケトン体がエネルギー源。
  3. 赤血球と脳以外のすべての細胞は、ブドウ糖・ケトン体・脂肪酸がエネルギー源。
  4. 肝細胞はミトコンドリア内でケトン体を生成するが、自分は利用せず他に供給する。

赤血球はミトコンドリアを持っていないことと、血液脳関門の存在がキーワードです。

糖質制限食では脂肪はどの程度摂ってもいいの

糖質制限食は糖質をおさえる分、相対的に高脂質・高タンパク食になります。これまで見てきたとおり「脂肪悪玉説」はその信憑性を失ったわけですが、では、いったい脂肪はどれくらい摂るのが適量といえるのでしょうか?

断定はなかなか難しいのですが、「脂肪消費量が多いはど寿命が延びる」という結論を導き出したのは,世界137カ国の男性の脂肪消費量と平均寿命の関係をみたグラフがあります。

それによると、1人1 日当たりの脂肪消費量125gまでは、消費量が多くなるにつれて寿命が延びるという正の関係があります。

それを超えるとはんの少し寿命が縮みはじめますが、140gや180 gの国々でも55g以下の国々に比べれば、はるかに高い平均寿命となっています。55g以下の国々の平均寿命は、55歳を下回ることがはとんどです。125gの国がおよそ75歳でピークですが、180gの国でも70歳くらいあります。

「脂肪の摂取不足が平均寿命を低くしている決定的要因である」と結論づけることもできます。そしてハワイの日系人のデータを示して、1 日当たりの脂肪摂取量が40 g未満になると、脳卒中死亡率と総死亡率がきわめて高くなることを指摘しています。

脂肪供給量(消費量) をもとに平均寿命との関係を示していますが、当然のことながら、脂肪供給量と実際の摂取量は異なっています。

 

例えば日本の脂肪供給量は2003年の国連食料農業機関(FAO)の報告では1日86.2 gですが、実際の摂取量はこの年の国民栄養調査では54.O gです。つまり、豊かになった国では食料を廃棄する分が結構あるということです。

したがって、実際の摂取量は供給量の6〜8割程度とみるのが妥当でしょう。国連食料農業機関の資料には摂取量のデータがないため推測するしかありませんが、供給量125 gまでは寿命が延びるということは、摂取量80 〜100 gくらいまではOK と思います。そして脂肪が少なすぎるよりは、100gを超えたとしてもきちんと摂ったほうが平均寿命に関しては無難なようです。

日本のデータを見ても、脳卒中の死亡率は1965年をピークに減りはじめ、1980年に半減、1985年に3分の1となりました。これは脂肪摂取率が急増した時期とよく一致しており、日本が豊かになって肉や乳製品など高価な食材を食べるようになったことが関係していると考えられます。

日本の医師や栄養上の間では、「戦後、炭水化物の摂取が減り続け、脂肪の摂取が増え続けて肥満や糖尿病が激増した」という常識・定説が信じられてきました。しかし調査からも明らかなように、炭水化物の比率は1997年を底にしてその後は緩やかに増加しています。

脂質は逆に1997年をピークにして、その後は緩やかに減少しています。この常識・定説は誤った神話だったのです。そして、現在に至るまで肥満と糖尿病は増え続けています。

その背景には、現代の食生活が、嗜好飲料・精製炭水化物・ジャンクフードなどGI(血糖指数)の高いものに変化したことと、運動不足・エアコンの普及などがあると考えられます。GI は血糖上昇反応度とも言われ、GIが高い食品はど急激に血糖値を上昇させます。

代表的な食材のGI値一覧(穀物・パン・野菜・芋類・肉類・魚介・豆類・砂糖・菓子類など)

ご飯を1日3杯以上食べると糖尿病になりやすい

糖質の摂りすぎと糖尿病との関係は、日本でも国立がん研究センターなどが指摘しています。読売新聞にも、「ご飯1日3杯の女性→糖尿病リスク1.5倍」という興味深い記事が掲載されています。

ご飯1日3杯の女性→糖尿病リスク1.5倍

1日にごはんを3杯以上食べる日本人女性は糖尿病の発症率が高いことが、国立がん研究センターなどによる6万人規模の追跡調査でわかった。12日、発表した。炭水化物を多量に摂取すると発症率が高まることは知られているが、米食と糖尿病との関連を大規模に調べたのは初めて。岩手や長野、茨城、沖純など8県在住の45~74歳の男女約6万人を対象に、1990年代初めから5年間にわたり追跡調査した。

このうち1103人(男性625人、女性478人) が糖尿病になった。

米飯の摂取量との関連を調べたところ、女性の場合、1 日に茶わん3杯を食べるグループは、糖尿病の発症率が1杯のグループに比べて1・舶倍に、4杯以上だと1 .65倍になっていた。

ただ、肉体労働やスポーツを1 日1時間以上行うグループは、摂取量と発症率に目立った関連はなかった。男性の場合、女性に比べて摂取量との関連は小さいが、運動しない人の発症率は高まる傾向にあった。

米を多くとる女性の生活習慣などが糖尿病を引き起こしている可能性もあり、今回の調査からは、米が糖尿病の原因になっているとは断定できない。データを解析した国立国際医療研究センターのチームは「米飯を含む食習慣全体をバランスよくすることが大切だ」と勧めている。

2010年6月、ハーバード大学公衆衛生大学院の研究チームが「白米の摂取は2型糖尿病の発症リスクを高める」という研究結果を報告したのは記憶に新しいところです。この研究によれば、ふだん食べている白米を玄米や全粒粉のパンに置き換えるだけで糖尿病の発症リスクを減らせると言います。糖質をおさえた低糖質パンなら尚いいでしょう。

この国立がん研究センターによる報告も、米飯というのははとんどが白米と考えられます。白米を一定量以上食べると、2型糖尿病の発症リスクが高まることは、日米の報告で明らかなようです。

もっとも、先ほどの記事では「米を多くとる女性の生活習慣などが糖尿病を引き起こしている可能性もあり、今回の調査からは、米が糖尿病の原因になっているとは断定できない」と添えられていますが、これはかなり苦しい言い訳ですね。

たしかに断定はできないでしょうが、米を多く食べる女性がそうでない女性に比べて変わった生活習慣(極端な運動不足など) を共有している可能性は、いまの日本でははとんどないと思います。6万人という大人数が対象ですから、そのような偏りは発生しにくいといえます。データを解析した国立国際医療研究センターとしても、「米を食べると糖尿病になる」とは言いづらくて「米飯を含む食習慣全体をバランスよくすることあいまいが大切だ」という、歯切れのよくない曖昧な結論になったのでしょう。

一方、「肉体労働やスポーツを1 日1時間以上行うグループは、摂取量と発症率に目立った関連はなかった」という事実は、すっきりしています。運動が、米飯の大量摂取の弊害(2型糖尿病の発症リスク) を減らしたことは、間違いないようです。

実際、明治や戦前の日本人は、総摂取カロリーの7〜8割が米飯(主に白米) だったにもかかわらず、2型糖尿病がはとんどありませんでした。当時の日本人の日常生活における運動量は、現代人の10倍近かったと思います。結論としては、運動量が現代人くらいだと、白米を一定量以上食べると、とくに女性の場合は2型糖尿病のリスクになるということです。