主食が穀物ではなかった証拠4「果糖と中性脂肪」

次に、果糖と中性脂肪について考えてみます。果糖というのは果物に含まれる糖質の主成分ですが、実におもしろい性質を持っています。

果糖が中性脂肪を合成しやすい糖質であることは、以前から知られています。果物中の果糖は、糖輸送体のグルット5によって吸収されますが、血糖にはほとんど変わらずに肝臓まで運ばれ、ブドウ糖代謝系に入ります。

このとき果糖は、ブドウ糖よりすばやく代謝されるという特徴があります。また果糖は、肝臓で脂肪合成にかかわる酵素を活性化するため、とても中性脂肪に変わりやすいのです。

このように、果物の果糖は中性脂肪をためやすく肥満しやすい性質を持っており、現代では要注意食材といえます。

さて、それでは再び狩猟・採集時代の食生活を考えてみましょう。果物には果糖、ブドウ糖、ショ糖などの糖質が含まれています。10万年前や20万年前にアフリカの人類がたまの果物にありついたとき、2つのシステムが稼働したはずです。

  1. ブドウ糖やショ糖→血糖値少し上昇→インスリン少量追加分泌→グルット4が脂肪細胞表面に移動→ブドウ糖を取り込み中性脂肪に変えて蓄積。
  2. 果糖→インスリンとは無関係にグルット5 により吸収されて、肝臓に運ばれて速やかに中性脂肪を合成。

この2つのシステムは、農耕が始まる前の人類の食生活と生存競争において、きわめて重要な意味を持っていたと考えられます。

すなわち、中性脂肪を蓄えることは、ご先祖にとって、飢餓に備えるための唯一無二のセーフティーネットだったからです。

果糖がインスリンに依存せずに、肝臓でブドウ糖より速く代謝され中性脂肪に変わるのも、農耕前の人類にとってはとても大きな利点だったと考えられます。

体脂肪をある程度蓄えられるのが、現世人類の大きな特徴です。

とくに女性の乳房とお尻は、脂肪の蓄積装置として優れたものであり、7属23種のなかでホモ・サピエンスが唯一生き残った大きな理由の1 つといえます。

ごく普通の体型の女性なら、その体脂肪により、水さえあれば母子ともに2ヶ月くらいは生きられるという大きな優位性があるのです。

中性脂肪を下げるための知識と習慣
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主食が穀物ではなかった証拠3「グルット4の役割」

つめの証拠は「糖輸送体」にまつわることです。細胞が血液中のブドウ糖を取り込むためには、GLUT(グルット)と呼ばれる「糖輸送体」が必要です。

このうちグルット1は赤血球・脳・網膜などの糖輸送体で、脳細胞や赤血球の表面にあるため、血流さえあればいつでも血液中からブドウ糖を取り込めます。

一方、筋肉細胞と脂肪細胞に特化した糖輸送体がグルット4で、ふだんは細胞の内部に沈んでいるのでブドウ糖をはとんど取り込めません。しかし血糖値が上昇してインスリンが追加分泌されると、細胞内に沈んでいたグルット4が細胞表面に移動してきて、ブドウ糖を取り込めるようになるのです。

グルットのなかでインスリンに依存しているのはグルット4だけです。インスリンとグルット4 の役割を、農耕前の時代までさかのぼって考えてみました。

グルット4 は、今でこそ獅子奮闘の大活躍なのですが、農耕前ははとんど活動することはなかったと考えられます。

すなわち農耕後、日常的に穀物を食べるようになってからは「食後血糖値の上昇→インスリン追加分泌→ グルット4が筋肉細胞・脂肪細胞の表面に移動→ブドウ糖を細胞内へ取り込む」というシステムが、毎日食事のたびに稼働するようになったのです。

しかし、狩猟・採集時代には穀物はなかったので、たまの糖質摂取でごく軽い血糖値上昇があり、インスリン少量追加分泌のときだけグルット4 の出番があったにすぎません。

運よく果物やナッツ類が採集できた場合のみです。この頃は、血糖値は慌てて下げなくてはいけないはど上昇しないので、グルット4 の役割は、筋肉細胞で血糖値を下げるというよりは、脂肪細胞で中性脂肪をつくらせて冬に備えるほうが、はるかに大きな意味を持っていたと思います。

すなわち、農耕前は「インスリン+ グルット4」のコンビは、たまに糖質(野生の果物やナッツ類) を摂ったときだけ、もっぱら中性脂肪の生産システムとして活躍していたものと考えられます。

また、摂取した糖質は肝臓にも取り込まれてグリコーゲンを蓄えますが、あまった血糖が中性脂肪に変えられて脂肪細胞に蓄えられます。

この中性脂肪の蓄積システムも、いまでは日常的に稼働していますが、狩猟・採集時代には食後血糖値の上昇ははとんどないので、肝臓に取り込まれるブドウ糖もごく少量で、中性脂肪に変換されることも少なかったと思います。

このように、農耕前の糖質をはとんど摂らない食生活では、「インスリン+ グルット4」のコンビの出番は少なかったわけです。同じ糖輸送体でも、グルット1 (脳・赤血球・網膜の糖輸送体) のほうは、農耕前も農耕以後も24時間常に活動しているわけで、グルット4 とは大きな違いがあります。

インスリンが追加分泌されたときだけ稼働するというグルット4 のシステムは、たいへん特殊であり不思議な代物です。しかし糖質がたまにしか摂取できない時代では、必要なときだけ稼働するというのはとても合理的です。農耕前の7 0 0 万年間は、たまに8 6果物やナッツを食べて血糖値が軽く上昇したときだけ「インスリン+ グルット4」を稼働させて、飢餓に対するセーフティーネットである中性脂肪を蓄えていたのです。

ふだんは必要ないので、グルット4は細胞内で鎮座していたのでしょう。「インスリン+ グルット4」の特殊性も、人類の主食が穀物(糖質) ではなかった状況証拠といえます。

主食が穀物ではなかった証拠2「人体のバックアップシステム」

2つめの証拠は、人体のバックアップシステムに関することです。ケトン体は、ほとんどの体細胞でエネルギー源として使われますが、唯一赤血球だけはミトコンドリアというエネルギー生産装置を持っていないので、ブドウ糖しか利用できません。

肝臓はケトン体を生成しますが自分では利用しません。赤血球は血液の主成分の1つで、体細胞に酸素を渡し、二酸化炭素を受け取って肺まで運んでいます。

もしこの機能が損なわれてしまうと、酸素がきちんと送られなくなって生命維持に深刻な事態をもたらします。

したがって、ブドウ糖しか利用できない赤血球のために、最低限のブドウ糖を常に確保しておく必要があり、人体は多重のバックアップシステムを持っています。グルカゴンやエビネフリンというホルモン、副腎皮質ステロイドホルモンなどは血糖上昇作用があります。

そして肝臓でアミノ酸などから糖新生してブドウ糖をつくり、血糖を確保します。このようなバックアップシステムが不測の事態に備えて用意されているわけです。

一方、インスリンの場合はどうでしょうか?インスリンは体内で唯一、血糖値を下げる働きをしています。すい臓のβ 細胞がインスリンの分泌をきちんと行っていればよいのですが、分泌機能が低下してしまうと血糖値を下げることができなくなり、人体にやはり深刻な事態をもたらすことになります。

ところが、インスリンにはバックアップシステムがありません。糖尿病がこれはど増えていることを考えれば、すい臓のβ 細胞というのは脆弱なものといえますが、それ以外に血糖値を下げるシステムはまったく用意されていないのです。

その理由として考えられるのは、農耕前の人類が糖質をはとんど摂らない食生活を送っていたからではないでしょうか。糖質を摂らなければ血糖値が上がることはまれで、インスリンの追加分泌はほとんど必要ありません。したがって、バックアップシステムをつくる必然性がなかったと考えられます。このことも、人類の主食が穀物(糖質) ではなかったことの状況証拠です。