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食前・食後血糖値の変化からみる人類の食生活

約700万年間の人類の歴史のうち、穀物を主食としたのは、農川研が始まってからの約1万年間にすぎません。

それまではすべての人類が糖質制限食を実践していました。これはすでに紹介しましたが、私たちの食生活を考えるうえで非常に大事なことなので、少し掘り下げて考えてみましょう。

人類の食生活は「農耕が始まる前」「農耕以後」「精製炭水化物以後」の3つに分けることができます。

この3 つの変化がきわめて重要な意味を持っているので、それ以外のことはすべて枝葉末節と言い切ってもよいくらいです。

その重要な意味というのは、血糖値の変化です。血糖値を切り口にして人類の食生活を考えてみると、…鮮明な変化が見えてきます。

人類の歴史のうち農耕が始まる前の約700万年間は、食生活の中心は狩猟や採集でした。米や小麦などの穀物は手に入らなかったので、誰もが糖質制限食を実践していたといえます。このような糖質の少ない食生活なら、血糖値の上下動ははとんどありません。

例えば、空腹時血糖値が100mg/dl舶程度とすると、食後血糖値はせいぜい110~120くらいで、上昇の幅は10〜20程度の少なさです。

これならインスリンの追加分泌ははとんど必要ありません。次に、農耕が始まったのが約1 万年前です。人類は狩猟民から農耕民になったとき、単位面積あたりで養える人口が50〜60倍にも増えました。しかし、収穫した穀物を食べると血糖値が急上昇します。空腹時血糖値が100mg/dlとして、食後血糖値は140くらいで、上昇の幅は40もあります。

穀物を食べるたびに血糖値が上昇してインスリンが大量に追加分泌されますから、農耕以後の1 万年間は、すい臓のベータβ細胞はそれ以前に比べて毎日10倍以上働き続けなくてはならなくなったのです。

さらに、18世紀に欧米で小麦の精製技術が発明されます。白いパンの登場です。日本では江戸中期に白米を食べる習慣が定着していきます。すなわち、ここ200~300年間、世界で精製された炭水化物が摂取されるようになりました。

現代では、少なくとも文明国の主は白いパンか白米です。精製炭水化物は未精製のものに比べて、さらに血糖値を上昇させます。空腹時血糖値が100 喝として、食後血糖値は160〜170くらいで、上昇の幅は60〜70もあります。

こうなると、インスリンはさらに大量に追加分泌されます。頻回・大量分泌が長期におよび、すい臓のβ 細胞が疲れきってしまえば糖尿病にもなります。インスリンの分泌能力が高い人は、さらに出し続けて肥満になります。

健康を維持するには、恒常性を保つことが重要です。人類の食前・食後血糖値の恒常性は約700万年間保たれていましたが、農耕開始後の約1万年間は上昇幅が2倍になり、精製炭水化物を摂るようになった約200年間は3倍になり、分泌せざるをえなくなりました。

ケトン体が体に悪いというのは間違い

人体のエネルギー源のところで「脂肪酸…ケトン体システム」について紹介しましたが、ケトン体と聞くと糖尿人は過敏になるかもしれません。

血液中のケトン体濃度の上昇が、糖尿病の悪化を示すサインとして知られているからです。しかし、ケトン体はエネルギー源としてはブドウ糖よりはるかに安全で、しかも赤血球と肝臓を除くすべての細胞でいくらでも自由に使えるという大きな利点があります。

ケトン体は肝臓内で「脂肪酸→ β 酸化→アセチルCOAl→ケトン体」という順番で日常的につくられていて、肝臓では使われずに、他の臓器・脳・筋肉のエネルギー源として使われています。

糖質を普通に摂っている人の場合、血中ケトン体の基準値はおおよそ26〜1 2 2 μML ( マイクロモル リットル) くらいです。

つまり、日常的に糖質を摂っている人でも、これくらいのケトン体は常に肝臓でつくられていて、人体のエネルギー源となっているのです。ケトン体がどれくらい安全かは、もう1 つのエネルギー源であるブドウ糖と比べるとわかりやすいでしょう。絶食療法中やスーパー糖質制限食を始めた初期には、血中ケトン体は3000~4000/μML くらいで、基準値の30〜40倍もの高値になります。しかし、インスリン作用が保たれている限り、それ自体は生理的な現象でまったく安全です。

一時的に酸性血症になることもありますが、人体の緩衝作用によって、しばらくすると正常な状態に戻ります。

例えば農耕開始前の人類では、獲物が捕れないときなどに日常的にこのような数値をくり返していたはずで、当然、血管を傷つけるようなこともありません。

一方、血中ブドウ糖の基準値は、空腹時で60~109mg/dlです。食後などで血糖値が18 0を超えてくると、リアルタイムで血管内皮を傷つけ、酸化ストレスを引き起こし、それをくり返せば動脈硬化の大きなリスクとなります。血糖値が高いと、胎児にも悪影響があることが確認されています。

血糖値3 0 0 咽でも充分危ないのですが、これが前述のケトン体のように基準値の30倍ともなれば想像を超えた数値であり、当然生命を保てないでしょう。そのため、インスリンが速やかに追加分泌されて、食後血糖値が140~180mg/dlを超えないようにきびしく管理しているわけです。

このように検討してみると、ケトン体はブドウ糖よりもはるかに安全なエネルギー源と言うことができます。なお、母乳を与えられている乳児のケトン体も、成人の基準値より高くなります。

スーパー糖質制限食を実践していると、ケトン体は通常の基準値よりは高くなります。ある程度の期間、スーパー糖質制限食を続けている方の血中ケトン体は一般的な基準値より高いです。

しかし動脈血のP Hは7.45で正常で、尿中ケトン体も陰性です。血中ケトン体がこのレベルなら、筋肉などの体細胞がしっかり利用し、腎臓の再吸収も高まるためと考えられます。

このくらいの濃度が、狩猟・採集を生業としていた700万年間の人類の基準値、そして生肉・生魚が主食の伝統的な食生活を維持していた頃のイヌイットの基準値と思われます。

そして、農耕前の人類もイヌイットも、スーパー糖質制限食を実践しながら妊娠・出産・育児をしてきたという事実も、ケトン体の安全性を裏づけるものです。

同じカロリーなら糖質制限食のはうがやせやすい

もっとも簡単にいえば、食べ物などから摂取するエネルギーが消費エネルギーを上回れば太り、下回ればやせます。

通常のカロリー制限食なら、「消費エネルギー= 基礎代謝+ 運動エネルギー+ 特異動的作用」です。

基礎代謝とは、生きていくために最低限必要となるエネルギーで、これが高いはど太りにくいといえます。特異動的作用は先ほど述べたように、食事を摂ることによって消費されるエネルギーです。

食事をすると体が温かくなりますが、そのとき消費されるエネルギーが特異動的作用です。これが糖質制限食の場合は、「消費エネルギー= 基礎代謝+ 運動エネルギー+ 特異動的作用」だけでなく、「肝臓の糖新生でエネルギーを使用」と「特異動的作用の増加」、それに「尿中と呼気中でエネルギーを消失」が追加されます。

常に脂肪が燃えていることと、インスリンが基礎分泌以外はほとんど出ないことも、基礎代謝を高めるのに貢献するかもしれません。このように、少なくとも摂取カロリーが同じならば、糖質制限食のはうがカロリー制限食より体重減少効果が高いことは、理論的に証明できたと思います。