つめの証拠は「糖輸送体」にまつわることです。細胞が血液中のブドウ糖を取り込むためには、GLUT(グルット)と呼ばれる「糖輸送体」が必要です。
このうちグルット1は赤血球・脳・網膜などの糖輸送体で、脳細胞や赤血球の表面にあるため、血流さえあればいつでも血液中からブドウ糖を取り込めます。
一方、筋肉細胞と脂肪細胞に特化した糖輸送体がグルット4で、ふだんは細胞の内部に沈んでいるのでブドウ糖をはとんど取り込めません。しかし血糖値が上昇してインスリンが追加分泌されると、細胞内に沈んでいたグルット4が細胞表面に移動してきて、ブドウ糖を取り込めるようになるのです。
グルットのなかでインスリンに依存しているのはグルット4だけです。インスリンとグルット4 の役割を、農耕前の時代までさかのぼって考えてみました。
グルット4 は、今でこそ獅子奮闘の大活躍なのですが、農耕前ははとんど活動することはなかったと考えられます。
すなわち農耕後、日常的に穀物を食べるようになってからは「食後血糖値の上昇→インスリン追加分泌→ グルット4が筋肉細胞・脂肪細胞の表面に移動→ブドウ糖を細胞内へ取り込む」というシステムが、毎日食事のたびに稼働するようになったのです。
しかし、狩猟・採集時代には穀物はなかったので、たまの糖質摂取でごく軽い血糖値上昇があり、インスリン少量追加分泌のときだけグルット4 の出番があったにすぎません。
運よく果物やナッツ類が採集できた場合のみです。この頃は、血糖値は慌てて下げなくてはいけないはど上昇しないので、グルット4 の役割は、筋肉細胞で血糖値を下げるというよりは、脂肪細胞で中性脂肪をつくらせて冬に備えるほうが、はるかに大きな意味を持っていたと思います。
すなわち、農耕前は「インスリン+ グルット4」のコンビは、たまに糖質(野生の果物やナッツ類) を摂ったときだけ、もっぱら中性脂肪の生産システムとして活躍していたものと考えられます。
また、摂取した糖質は肝臓にも取り込まれてグリコーゲンを蓄えますが、あまった血糖が中性脂肪に変えられて脂肪細胞に蓄えられます。
この中性脂肪の蓄積システムも、いまでは日常的に稼働していますが、狩猟・採集時代には食後血糖値の上昇ははとんどないので、肝臓に取り込まれるブドウ糖もごく少量で、中性脂肪に変換されることも少なかったと思います。
このように、農耕前の糖質をはとんど摂らない食生活では、「インスリン+ グルット4」のコンビの出番は少なかったわけです。同じ糖輸送体でも、グルット1 (脳・赤血球・網膜の糖輸送体) のほうは、農耕前も農耕以後も24時間常に活動しているわけで、グルット4 とは大きな違いがあります。
インスリンが追加分泌されたときだけ稼働するというグルット4 のシステムは、たいへん特殊であり不思議な代物です。しかし糖質がたまにしか摂取できない時代では、必要なときだけ稼働するというのはとても合理的です。農耕前の7 0 0 万年間は、たまに8 6果物やナッツを食べて血糖値が軽く上昇したときだけ「インスリン+ グルット4」を稼働させて、飢餓に対するセーフティーネットである中性脂肪を蓄えていたのです。
ふだんは必要ないので、グルット4は細胞内で鎮座していたのでしょう。「インスリン+ グルット4」の特殊性も、人類の主食が穀物(糖質) ではなかった状況証拠といえます。
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